情報共有が変わる
情報の共有とは、いつでも見ることが出来るように置いてあることではありません。
「情報を一緒に作る」ための共有です。
「情報共有とは、皆が情報活用できなくては行けない」とは、教育サービスを提供する「知の場」は語りません。絵空事です。
情報の共有とは、誰かが作成し、他の人は見るだけであれば、達成されません。
学校教育と同じです。先生が一生懸命伝えようとしても、その伝わった結果は、個人ごとに異なります。
本物の情報共有とは、その情報を作る権限が、皆にあるということです。
きっと、最初は誰かが作成したものであっても、間違いを見つければ、他の人が書き換えることが出来ます。意見や補足があれば、付記できます。
自分に権限のない情報を、自分の情報、即ち 活用して新しい価値を産み出す、付け加える対象にはならないでしょう。「見ておけ!」は、単に見ただけです、理解したわけでも、納得したわけでも、賛同したわけでもありません。何も考えてもいないかもしれません。
Wikipediaと同じ考え方ですか? とよく聞かれます。
インターネット文化を取り込むという点では、近い考えかも知れませんが、Wikipediaを企業内では使えません。「知の場」は、企業私塾を構築、支えるためのサービスです。
小さな教育サービスでも、それにより、社内の情報共有、情報学習の効率があがることを、目指しています。